こんにちは!ネコ助です。
ADHDグレーな小3娘、きーちゃんの育児に奮闘しています。
一昨日の「きーちゃん忘れ物ばかりで母ブチ切れ事件」に続いて昨日の話。
朝学習、最初は順調に進んでるかと思いきや、やはり途中から失速。
やる気ゼロモードで、1時間グダグダモードへ。
もはやお決まりのパターン。
きーちゃんの集中力は長く持たないって分かってるはずなんだけど。
ついつい小言を言ってしまう母。
ダメですね。
冷静に見守れる時は見守れるんだけど、いかんせん先日のバトルがまだ若干後を引きずっていて、母の怒りの沸点が低くなっていた。
こうなると、お互いイライラしたまま時間だけが過ぎていくという悪循環に陥ります。
そして、パートへの通勤途中。
そもそもなんで私は怒ってしまうのか、についてちょっと冷静に考えてみると。
そこには必ず「期待」があるということに気づきました。
これくらいなら時間内に終わるだろうという「期待」。
これくらいのレベルの問題ならできるだろうという「期待」。
子に対してだけではありません。
夫に対してもそう。
ゴミ袋を玄関に置いておけば、出る時に捨てておいてくれるだろうという「期待」。
決められた家事分担は、言われなくてもやってくれるだろうという「期待」。
などなど。
それらが裏切られた時、私はどうしようもなくイライラして、小言を言ってしまうのです。

そういえば、子供が赤ちゃんの頃は今みたいにはイライラしなかったな。
何かをやってもらおうなんて期待してなかったから。
よその子に対して心穏やかでいられる謎の現象も、特に期待していないからなんだろうな。
そんな風に自己分析したところで、じゃあどうすればいいのかと考えると。
「期待しなければいい」
という考えが頭をよぎる。
期待しなければ裏切られることはない。
それはつまり、「あきらめの境地」というやつ。
何にも期待せずに生きていく……。
うーん。
なんかそれって廃人のよう。
それはちょっと嫌だな。
それなら。
今じゃない、「もっと先の未来に期待する」とか?
そもそも、人はそう短期間で変わらない。
変わったとして、それが私の望む方向とも限らないし。
いつかきっと自分の想いが通じて、良い方向に変わることを期待して長い目で見守る。
未来に期待しているから、今はできなくても腹が立たない。
でもそれ、もはや仏様やん。
理想形ではあると思うけど。
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」タイプ。
それができるお母さんは、きっと良いお母さんなんだろうなぁ。
短気なネコ助には、かなり難易度高いっす(ノД`)
で。
取り留めもなく長々と書いてしまったけれど、結局私にできそうなことは、「受け流す」という結論。
ありのまま「受け入れる」なんて懐の深いことは、残念ながら私にはできません。
つい出ちゃう小言も。
子の反発も。
まぁ仕方がないよね、人間だもの。
そうやって受け流しながら、とりあえず今日も元気に生きてます。
…なんて尻切れトンボな終わり方。
こんな駄文を最後まで読んでくださり、ありがとうございました😭
最後に最近の癒し。
バケツ稲くんの成長の様子を。

ニョキニョキ伸びてきましたよ〜
もう少し大きくなったら間引きしようと思います。









